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刷り込みと社会化と学習

 表記の3つ。世の学者さんたちの間にも混乱が見られます。
 別に虎の威を借りて権威付けしたいわけではありませんが、マナーですので一言。以下の考察はチューリヒ大学のデニス・ターナー博士(PD Dr.sc. Dennis C.Turner)、東京大学の森佑司博士に議論の相手をしていただいた結果です。ただし、以下は波多野の見解ですので、すべての文責は波多野にあります。

 ごくおおざっぱにいうと、

 刷り込み→社会化→学習

 の順に生じます。刷り込みは生後ある限られた期間にのみおき、対して学習は一生続きまする。
 そしてこの順に、不可逆性を持ちます。刷り込みの結果は変更が効かないけれど、学習の結果は比較的容易に変ります。
 おおざっぱでなく見ると、当然、例外があります。
 本来の刷り込み時期が終わっているはずの生後数ケ月齢で大病してヒトに世話されて性的刷り込みが生じるとか。断翼などの大きなハンディキャップを負った鳥の一部が妙に馴れやすかったりするのとも関連しそうです。簡単には、幼時退行みたいなもの、と考えてしまいましょう。
 初回学習(初回成功)効果、もあります。これは学習の筈なのが、やたら強くて不可逆的です。UptonのFalconry Principal and Practiceに例が出てきます。もしハヤブサが低い高度でこちらに向かっている時にタイミングよくライチョウを追い立てて捕らせたとする。その鳥は一生上がらなくなる。むしろ、絶対に捕れないタイミングで獲物を出すべきなのだ、もしあなたが、獲物ひとつが欲しいのではなくいい上げ鷹用のハヤブサが欲しいのなら・・・。

 この3つの概念は、排他的に定義はされません。要するに、ある現象に注目したとき、どれに当てはまるか決められるとは限りません。刷り込みともいえるし社会化ともいえるなあ、なんてこともあります。検討の利便のための便宜的な言葉と考えてください。
 鳥や偶蹄類を対象にする学者は多く刷り込みと言い、イヌネコ相手の学者は社会化という傾向があって、用語自体の混乱もあります。それをなるべく矛盾なく整理してみよう、というわけです。

 刷り込みの基本は、「生まれて初めてみた、自分より大きくて動くものを親と思うようになる」ということです。ローレンツがガンの雛を引き連れて歩く写真とともにお馴染みですね。
 バリエーションがあります。猛禽でいうと、刷り込みの対象には、親=自分の種、巣材、将来の性的パートナー、獲物の概念、なんかがあります。
 親=自分と性的パートナーは、野生状態では自動的に一致しますが、発達過程を考えれば別の現象なのです。前者はカニバリズムに、後者は性的パートナー選びに関連するわけです。ヒトにも、機会性でなく、本質的に獣姦が好きな個体があるようなものです。

 社会化は、「仔イヌや仔ネコがヒトに馴れる」現象が基本です。これはそうした現象が元ネタ、というだけでして、本質的には、森羅万象が対象です。風に揺れる木の枝は別に怖がらなくていい、ということを「知る」のも社会化となります。

 学習は一番なじみがありますね。ややこしいことを言い出すとキリがなさそうなので、日常語としての学習と似たようなもの、と考えておきましょう。

 学習は一生続くので別として、刷り込みと社会化には、それぞれ(しかも各対象ごとに)向いた時期、があります。昔は臨界期といっていましたが、最近は感受期というほうが普通のようです。

 猛禽の個体の発達の流れを考えてみます。
 生後直後に、親=自分の種の刷り込みがおきます。中国系のオオタカだと、生後5日のものはヒトを見ても恐れませんが、11日目だと恐れます。
 いつなのかははっきりしませんが、巣材の刷り込みも平行していようです。アカマツの巣で育った個体はアカマツを、モミならモミを好みます。これは材料な手近になければ別のものを使うことがありそう、という点で、刷り込みとはしては弱いといえます。ただ、タオルにこだわる個体が出来上がったりもしますので、刷り込みは刷り込み、といっていいでしょう。

 獲物の概念の理解も刷り込みといえます。
 「ハトが獲物だ」「キジが獲物だ」ということではありません。「獲物というのは、羽や毛に包まれていて、むしると肉が出て来る」ことを知る過程です。獲物の種の選択、好みは、生得的にある範囲が決っていて、刷り込みや社会化でその個体が生まれた地域に生息する=親が運んで来るものに絞られ、自分が狩りをして成功することによってさらに絞られる、わけです。ワシミミズクは多様な獲物を捕りますが、ある一個体のメニューはそれよりはずっと少ないってことですね。

 自分である程度エサをちぎれるようになる頃ぐらいでしょうか。社会化がおきます。やたらとなんにでも脅える一時期が訪れます。風で揺れる枝を見たことはそれまでもあっても、認識していなかったわけです。が、ある日突然、目に入る。脅える。しかし、その刺激に馴れることによって、別にどってことないや、とわかってゆきます。似た現象はずっと大きくなってから学習としても生じますけれど、この社会化による準備がないと、学習できなくなります。白壁の小部屋にとじ込めて育った雛は、無害なものを無害と理解する学習能力が阻害されてしまうのです。

 兄弟姉妹との関係はこれこそ典型的な社会化ですが、似たような頃に始まり、すこし長く続く感じです。翼を広げてエサを隠す(羽杖、マントリング)行動、自分より強い姉妹にエサを捕られた雄が痩せ我慢するかのように背を向けて佇む行動(刺激しないようにしているのでしょう)、なんかが出てきます。
 上空を通過するカラスや他の猛禽からエサを隠そうとする羽襖(羽杖とちがって体を伏せて、翼と尾がキレイに広がって円錐状になる)は、また別の行動のようです。ヒトが手で育てた個体ではあまり見られず、野生捕獲/保護個体で見られますので、親がモデルとなっていそうです。

 立って走ってはばたき練習もしようかというころに、性的パートナーについての刷り込みが生じます。かなり遅いのです。ただ、この直前に親から離したらヒトに刷り込まれるかというと、そうはいきません。恐怖が邪魔をします。
 逆に、グループ(crecheといいます。日本語ではクレイシ、との表記が一般的です。ペンギンの雛だけの群れを表すのと同じ語です)で、ただヒトが給餌していた雛を、このころに屋外禽舎に移すなどしてヒトとの接触を減らすと、兄弟姉妹を性的パートナーのモデルとするので、性成熟後には自然交配向きとなり、人工授精に向かない個体となるわけです。
 刷り込みの対象には限度があります。ハイイロガンの雛は、ローレンツがしゃがんでいなくてはダメでした。まあ、ローレンツに、ローレンツ自身のシャツの胸ポケットに入るよう誘ったイエスズメなんて例もありますけれど・・・。
 刷り込みされやすさの傾向、もあるわけです。やはり同種に刷り込まれやすい生得的な傾向があります。ことに、声についてはかなり制限が厳しいようで、だから自発的な人工採授精時に、取り扱い者は、姿はヒトのままでもその種の求愛声の鳴き真似したりします。

 学習らしい学習がこの少しまえに始まります。エサを足で掴む、立てるようになれば引きちぎる、そのあたりで。
 体がしっかりしてくるにつれ、巣材や干からびた獲物の羽を素速く掴んでみたり、飛べるようになれば小石や風に揺れる木の葉を掴んだり放り出したり、飛び掛ったり。はばたき練習も学習ですね。かなり苦労して、浮く感覚を学んでいきます。
 兄弟姉妹との関係もより複雑化していき、社会化というより学習っぽくなってゆきます。

 そしてやがて巣立ち。しばらくは巣のまわりにいて、エサは親からもらいます。巣回り、などともいいます。「しばらく」は種によっていろいろで、クマタカ類では二年にも及ぶことがあります。
 この期間の長短はいわば、学習を前期と後期に分けた時、前期がどれだけ続き得るか、ってことでしょう。頭が軟らかくて、「教わる」のに向いた時期が学習前期、「自習自得向き」が学習後期。
 独立・分散は、親からの働きかけによっておきます。子供のほうはいつまでもスネ齧っていたいのです。従ってヒトが育てる場合、しばしば、子供っぽさが長くつづきます。種の生得的な限界まで(性成熟がひとつの目安です)「学習前期」を延長することができるわけです。

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