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救護

 弱っている猛禽を見掛けたら

 保護すべきかどうかを考えます。
 まず第一に、治療、リハビリテーションともうまくいって放鳥できる確率はあまり高いない、ことを覚悟する必要があります。「とにかく放してしまえ」ならばともかく、少なくとも1割か2割かは生き延びる確率がありそうだな(これも推測にしかすぎませんが)というレベルにもっていくまででもかなりの幸運に恵まれる必要があります。
 放したら確実に死ぬだろう、というところまでしか回復しなかった場合にどうするか、も、保護する前に考えておくほうがよろしいのです。
 オオタカ、ハヤブサといった希少種であっても、終生飼育を引き受けてくれる施設は多くありません。というより、終生飼育を目的に含む公的・準公的な施設は国内には存在しない、と思っておくほうがよいのです。鳴り物入りで環境省が作った「センター」も、生体は引き受けない方針ということですし・・・。
 動物園はもとより救護が本業ではなく、設備のゆとりもありません。無理して引き受けたトビが狭いケージに押し込められ、研究などの役立つこともく、少しずつ死んでいってたりします。オオタカなどでも事情はさほど変りません。タイミングがあえばうまく受け入れてもらうこともありますが・・・。
 欧米では割り切って、普通種はどんどん殺すのが一般的です。獣医学生の教材にしたり、あるいは高度医療の実験台にしてしまいます。賛否両論ありましょうが、無駄に死ぬよりはマシでしょう。が、日本には、こうした精神風土も施設もありません・・・。
 引き受けてがない場合、自分で引き受ければ良いか?
 そうなるケースは結構あります。事情により終生飼育の許可の出やすさはさまざまですが、行政に冷たくされてしかたなく、が縁あって手元にきた命をむげにできず、熱心に勉強して里親ボランティアになった、というかたもおられるのです。

 しかし全般に、落ちてたからといって簡単に拾うと、短期で死んだり、うまく放せればよいのですが、そうでない場合にかなりの面倒を背負い込むことになりかねないのです。

 どういう時に拾うか

 種にもよるので、完全簡単な指針はありませんが、「捕まえるのに工夫が要らない」ぐらいに弱っているのがひとつの目安になります。素手で、タモ網で、毛布や上着を被せて捕まえられるぐらい弱っていれば、自活可能性はほとんどないと思われるからです。
 例外がすくなくとも二つあります。
 巣立ち雛の場合、ことにフクロウ類のそれは、かなり幼くて運動能力が未発達で「簡単に捕まえる」状態で巣を離れます。近くに親がいることが多いので、放っておきましょう。体が冷えて立てないぐらいに衰弱している・・・のであれば思案のしどころですが。
 釣り糸やビニール紐などがひどく絡んでいるようなら、ある程度元気でも捕まえる意義はあるでしょう。悪化するのが目に見えていますから。

 が、いずれににせよ、無理に拾うこともありません。
 死は自然界ではありふれているのです。
 「かわいそう」と思うのもまた自然な気持ちですから、無理に抑制することもありません。
 まあ、どっちが正しいともいえないところです。

 救護の意味
 生態学を狭く捉えると、意味はありません。
 死ぬべき個体は死んでいい、のですから。個々の個体はどうでもいいわけです。もっといえば、ヒトの目につきやすい振る舞いをする個体の生存率を高めることで個体群を変質させかねなかったりもします。開発なんかに比べりゃ微々たるものですが。
 希少種だと少し意味が生じます。一個体の占める遺伝子プールでの割いが高まるので。けれどそれにしても、救護・飼育増殖に使う金はみんな生息地保全に回せ、って論もあります。

 希少種の救護に意味を認めるならば、間接的に普通種の救護にも意味が生じます。いくら熱意があっても技術がなくては困るわけで、未経験者にイヌワシ渡してリハビリしてね、とはいきません。練習台として、上品にいうなら技術の開発や普及のために、普通種の救護やリハビリにも意味があるってことになります。

 同じデンでいくと、「生息地保全の基礎データのため」って理由に意味を見いだすこともできます。個体の救護そのものではなく、その過程で得られるデータ重視です。

 ・・・個人的な感触ですが、どうもこのところ、生態学や保全学が潔癖症、教条主義的になっている感じがしています。たとえば再導入を巡る議論でも、亜種や系統を細かく細かく分けて、完璧にオリジナルじゃなきゃダメ的な議論が支配的だったり。
 ある機会に、「遺伝的多様性の減少が北海道のシマフクロウの絶滅に効いていそうなら、ロシア産を意図的に導入してはどうか、純血は失われるが、絶滅回避の確率は上がるのではないか?」と聞いたことがありまして。発表者は、個人的見解とした上で「混ぜるぐらいなら絶滅したほうがいい」と。
 そのかたの個人的な見解、意見、ものの感じかたには文句はないんです。議論の対象とすべきものでもなし。
 が、帰化種への反応のしかたなども含めて、このあたりの学界のムード全体が息苦しい感じなのです。非常に狭い視野、時間感覚の中で「生態学的妥当性」や「保全学的正解」が示されているようで・・・。

 なので敢えてそのセンはとらないでおきます。
 生態学的に狭く埋没するのを止めれば、別の意味も見いだせます。
 一番簡単には、救護したいと思うひとの善意をないがしろにするのは、まわりまわって自然環境にソン、ということですね。年金の仕組みやらあちこちの内戦やら、選挙制度やらコンピュータやら、世の中には、勉強すべきことがあふれています。ほのかに自然の好きなひとの善意を「生態学的に意味がないから」と切り捨てるのは専門家の傲慢でして、よろしくないでしょう。「生態学的に無意味かもしれない」という冷たい事実を言うのはよろしいし、むしろ義務でありますが、生態学という価値体系を至上のものとするのはどうも。
 
 実はこの話は、飼育全般とも関係します。
 飼育者が増えれば、カゴ抜け、ひいては帰化や遺伝汚染といったような良くないことも生じます。
 が、救護やリハビリがより一般化するためには、飼育者の裾野人口が必要です。100人が飼う、獣医を育てる、業者を食わせる、と、より高度な治療技術や資材が使えるようになる、100人のうち10人ぐらいが救護に携わり、同じか別かはともかくやはり10人がフリーフライトできるようになり、そのなかで一人か二人かがリハビリやるようになる・・・。

 攻め(責めではナイ)が好きか、守りが好きか、ですね。卵を割らなければオムレツは作れない。割って作るか、食べないか。
 いまの日本の現状は、とにかく圧倒的に、猛禽を扱える技術を持った人材が足りない、と考えています。ホントならアジア地域全体に奉仕できるぐらいであってほしいのが、国内にも手が回っていないのですから。公的な委託による調査にしたって、それまで猛禽を掴んだことがない人が捕獲したりしています。
 飼育がポピュラリティを得る過程では、弊害のほうが最初に生じやすいものですが、いずれマナーも洗練され、技術の平均も上がり、里親になれるひとも増え、ハンドリング担当として調査なりに協力する人も増え、獣医師の水準もあがり・・・。

 救護についての個人の価値観はそれはそれとして、意味を見いだすひとによって保護された個体の扱われかたは上がるだろうな、上がってほしいな、と思うのでした。

 とにかく保護してしまったら
 剥き出して置いてませんから、まず何かにしまわなきゃなりません。
 ダンボール箱です。
 猛禽の爪やくちばしはモノを破壊するのには向いていません。ダンボールを破る力は、メスのカブトムシより弱いと思って頂いてけっこうです。ごく普通に、ガムテープで蓋や合わせを留めれば充分です。ガムテが多すぎると、粘着剤の揮発成分で鳥が弱るかもしれません。
 空気穴もむやみには要りません。薄暗いことが肝心なので、穴が多すぎて中が明るくてはまずいのです。ですので、4面の壁全部ではなく、隣り合った2面ぐらいにしておきます。暗い方、人の動きがないほうに向ければよいのです。
 横よりも上の内側が平らであってほしいので、通常の上下にこだわらず、90度転がして使うのも一案です。また、もし、24時間を越えそうなら、底にペットシーツが欲しいところです。シーツは両面テープで固定します。糞尿の揮発成分もまた、よくないのです。
 使ってはいけないのは、金網や針金のケージです。鳥カゴ、ネコ用ケージの類。プラスティックのバリケンタイプを使う場合、戸の金網の「内側」にダンボールを張る必要があります。
 よほど濡れて冷えて・・・というのでない限り、強い保温は要りません。小鳥のように30度以上に暖めると、かえって呼吸が苦しくなります。夏ならむろん涼しい日陰。秋〜春でも、室温程度でまず様子を見ましょう。生まれて10日ほどのオオタカの雛の好むのが22、3度で、25度越えると暑がるのです。
 獣医師
 何か理由がなければ簡単に保護できるほど衰弱はしないわけですから、外傷が見えなくても獣医師の診察を受ける必要があります。深くて狭い傷など、目につかないこともありますから。
 最初の獣医師が鳥が苦手だったり、救護への関心が薄いなら、得意なかたを紹介してもらうのも手です。治療内容についてはまかせましょう。決めておくべきなのは治療費です。
 自治体などから予算が出ていれば別ですが、そうでない場合、たとえ野生動物であっても、持ち込んだ人が治療費を払うのが原則です。これが嫌なら、まず行政に持ち込むことになります。が、開いていない時間が長いですし、お役所仕事で治療開始までに間があいたりしかねないわけで・・・。
 治療費は、内容によってはン10万円にもなり得ます。獣医師が強欲でなくても、高度な(消費資材も高い)治療をすればそうなつてしまうこともないとはいえません。
 が、普通は、何千円とか1万円とか。救護に関心の高い獣医師ならばまったく請求されないこともあるでしょう。
 個人的には、持ち込む人が薬代や消耗品分を負担し、獣医師が手間を負担する、ぐらいが、地域のありかたとして美しいなあ、と思いますけれど。 
 行政
 次に届け出をしなくてはなりません。
 町なり都道府県なりに「鳥獣保護担当」と聞けば担当部署に回してもらえるでしょう。ネット上に一覧もあります。
 行政側の制度の整備状況も、担当者の対応はさまざまです。絶滅危惧種と普通種に非常な温度差があるところ。「面倒を持ち込みやがって・・・」といわんばかりのところ。むろん、市民の善意に応えようと熱心なところもあります。
 制度がしっかりしているのなら任せてもいいので、ここでは触れません。
 が、放り出されることもあります。
「はい、記録しました」というだけで、引き取りにくるでもなく、持ち込む先を紹介するでもなく、「じゃうウチで面倒みます」といっても、今度は一時飼育の許可申請のやりかたさえ教えない・・・という残念な状況もあるわけです。
 とにかく、善意のことで犯罪者にされてはかないませんから、メモなど取っておきましょう。
 そして獣医師なりに相談してみましょう。あるいは、救護団体に相談してみましょう。公的な救護制度は整備が進んでいませんが、そのぶん、関係者のもやもやとしたネットワークはあります。限界はありますが、現実に可能ななかでの最善の方策を探ることぐらいはできるはずです。
 雛の場合
 「大きくなってから専門家に」では間に合いません。
 ヒトに性的に刷り込まれてしまうと、後から何をやっても消せません。刷り込みの定義のひとつが不可逆性ですから。
 放せなくなります。同種と交尾しませんし、ヘタすれば捕食します。根源的なヒトへの警戒心・恐怖心が弱いので、再保護される確率も高くなります。大型種だと危険です。
 なので、パペットを使ったりするわけです。
 刷り込みが生じるのは性的対象だけではありません。巣材などにも生じます。刷り込みか社会化か学習か・・・という専門的なハナシはさておき、ある年齢で、切り身でない丸のままの獲物を見せておかないと、羽や毛のついたモノが食べ物だと認識できなくなったりもします。
 ですので、できるだけ早く、高度な管理下に置く必要があります。かわいいからといって一日伸ばしにするのはまずいのです。

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copyright Ikuya Hatano 2002
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